入院して思う老後 2002-1-12

中塩みあき

 12月に突然腹痛が起こり1週間ほど入院した。CTスキャン、胃カメラ、X線、内視鏡まであらゆる検査して、結局前日食べた生カキが中ったんじゃないですかと医者に言われて愕然とする。

 入院して心配に思うことは私たちの老後。少子高齢社会は超スピードで始まっていると頭でわかっていたが、病床の身になるとそれを切実に感じるのだ。

 今までの老人たちには子供や孫がたくさんいる。入れ代り立ち代り子供や孫が賑やかにお見舞いに来てもらえる老人は幸せである。仲睦まじい老夫婦は羨ましい。元学校の先生で年金はあっても耄碌して孤独になるのも淋しい。

 しかし私たちの時代、私や仲のいい友人には子供もいないし、いても1人、2人は稀なのである。独身も多い。子供や孫がいないから将来お見舞いや介護は友人たち同志で助け合ったり、他人に依存しなくはいけないのだろう。元気な時は深刻には考えないが、自分が病んで身動きがとれなくなると急に心細くなる。ずっと長く独身を通していた上司がある日突然結婚を決意したのは、スーツ姿で救急車で運ばれ秘書がパジャマを届けた後であった。私も以前病んだ後に結婚しなくちゃと思ったが、結婚したからといって時間がない伴侶には多くを望めない。

 それに年金問題もどうなるのだろう。このままの制度では近い将来パンクしてしまうし、フリーになるとより厳しい立場である。これは私だけの問題ではないのだ。隣のベッドの女性は失業中で独身、両親は高齢、お兄さんが1度お見舞いにも来ただけだ。その隣の女性も独身で派遣社員、恋人がお見舞いに来るが、仕事もクビになりかねないと心配している。収入も途切れ、医療費も高いと嘆く。

 そういえば従姉妹や友人たちも他にチャンスがなくフリーターを通して、結婚もせず正社員にもならないまま30代を越してしまう場合も最近多い。だからといって結婚して安心ということはないし、今の時代、組織にいても安心でなくなるかもしれない。ただ組織の中にいる人は死ぬと花輪が贈られお葬式にもたくさん参列にくるかもしれないが、フリーターの場合は密やかに死ぬのだ。アマチュア合唱団に入って突然死した方は合唱団による葬式をしたそうだ。

 母子家庭であるパートの同僚が補助金削減反対の署名を求めにやってきた。彼女は老後や死や病気まで心配する余裕もなく今を一生懸命生きている。元気なのに60歳を超えたので仕事を辞めさせられた女性も挨拶しにきた。今は僅かな年金だけではやっていけないのよとこぼす。

 いろいろな立場の人がいる。明らかに時代は変化している。